IT の本質を見極めよう!

微分化された社会 その11 「ウィジェット、プラグイン、モジュール」

fragmented_society_11.jpg ソフトウェアがネット経由で利用される背景には、ソフトウェアが細分されて「モジュール化」が進んだことによる。

モジュールと同様な表現にプラグイン、アドオンといった言葉もあるが、これらはすべてソフトウェアの機能を外部から利用できるように最小単位に分割したものである。これらは単体では利用できないが、何かのプラットフォームの上で組み合わせることによって機能する。

fragmented_society_12.jpg プラットフォームとは鉄道でいえばそのままプラットフォームだが、線路や信号、プラットフォームそれ自体、つまり電車を動かすために必要なインフラのことをプラットフォームといっている。

電車だけでは街を走れないからだ。ちょうどモジュールとは電車の個々の車両をさすと思えばよい。車両を組み合わせることによって貨物列車にも特急列車にもなる。

fragmented_society_13.jpg ソフトウェアの世界でも微分化が進んでいる。モジュールはプラットフォームなしには動作できないものであるが、ウィジェットはモジュールに
GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス)を持たせたもの、と考えればよいだろう。ウィジェットは Mac OS X
のダッシュボードにおける小アプリであり、Google Desktop のそれだ。マイクロソフトもウィンドウズでそれをパクっている。

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微分化された社会その10 「SaaS」

fragmented_society_10.jpg SaaS とは、Software as a Service で、すべてのアプリケーションはもはやPCにインストールする必要はなく、極端な話ブラウザですべてアプリが実行できるということ。

iモードの公式サイト、勝手サイトなんていうのも手のひらにサービスを収めて、ネットバンキングなどいつでもどこでもそのサービスはネット側で実行されるというのは SaaS のはしりかもしれない。

PC の方では Google が提供しているサービスはほとんどすべて SaaS だ。Google Earth や Google
Desktop はソフトを PC にダウンロードしなければならないので SaaS とは呼べないのだが、ほかのサービスはネット側で実行される。

Google Docs なんかは、ブラウザ上でワードやエクセルに似たアプリが実行できる。

アプリがネット側にあると、ネット側のアプリ同士で連携できるようになる。アプリ同士で連携するとき、サービスはそれ以上分割できない、極小単位
まで細分化されている。たとえば Google Maps を他のアプリから呼び出したい場合、他のウェブサイトに Google Maps
の地図だけを表示させ、Google Maps であることを意識させない、といったことが可能になる。

ソフトウェアの世界でも微分化は始まり、すでに実用の段階に来ている。

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微分化された社会 その9 「レーティング」

fragmented_society_9.jpg ウェブの単位がサイトからページ単位(パーマリンク)になると、ページ単位で評価がされていくということは前回述べたとおりで、ウェブ2.0の時代には「ソーシャルニュースサイト」なるものが出てきた。これは https://digg.com/ に代表されるように、「みんなが注目しているニュース記事を投票する」というもので、人力による評価だ。ページ単位に極小化された後、さらに同じ内容のページが比較・評価され、「使えるもの」として自然淘汰されていく。

「はてなブックマーク」も同様の仕組みで、これも微分化がもたらしたパラダイムである。

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微分化された社会 その8 「パーマリンク」

fragmented_society_8.jpg ウェブが登場した頃、人々の HP の興味は、ウェブサイト自身への興味であった。「どこどこのサイトが面白い」と、あくまでも人々が口にするのはサイト単位での評価だった。ちょっと前
に各社が「ポータルサイト」を競い合い、勝負していたのは記憶に新しい。Yahoo!、MSN、楽天、ライブドアなど、ポータルを制するものがウェブを制
す、誰もが疑いなくそれを信じていた。



しかし 2003~2004年頃から、Google の検索エンジンとブログの隆盛によってこの状況が一変する。



今やGoogle
のページランクアルゴリズムによって、キーワードを入力して検索すれば一発で適切な情報が手に入る。その検索結果をクリックしてブラウザで表示されるもの
はサイトではなくページなのだ。それは企業のサイトも個人のサイトも同列に扱われる。Google
が価値があるとみなしたページは個人のブログであっても検索結果の上位にリストアップされるのだ。



人々はもはやサイト自体にはあまり価値を求めなくなった。重要なのはサイトではなく、情報の中身、コンテンツそのものなのだ。そこで必要とされているのはあなたが本当に求めている情報なのだから。



技術的な側面からは、このことを可能にしたのが「パーマリンク」というものだろう。ブログの場合は個々のページに一意な URL
が付与され、その URL は基本的には未来永劫変わらないもの、というのが前提だ。それがパーマリンクだ。「将来 URL
は変えません」という前提があると、その情報はネット上にいつまでも存在し続ける。



パーマリンクはまさにそのことをあらわす、Permanet (永遠)と link が組み合わさったもので、これもよく考えてみるとウェブがページ単位にバラバラになった瞬間でもある。



ウェブもページごとに断片化され、それぞれのページに相対的な価値がつく。まさに微分化の例といえる。

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微分化された社会 その7 「広告」

fragmented_society_7.jpg 広告も従来のTV、新聞、雑誌、ラジオといったメディアから、まったく新しいウェブ広告というチャネルがインターネットと共に登場した初期のネット広告は
いわゆるバナー広告であり、これは従来のTV、新聞などの大衆向けメディアと本質的に変わらないものであったが、Google が
2003/03にコンテトクスト広告であるアドセンスを開始、この瞬間から時代が変わった。

ブログに広告を貼り付けると表示されるページの内容に沿った広告が表示されるのである。しかも広告は従来のバナー広告=画像と違い、単なるテキスト広告(オヤジ新聞の3行広告のようなもの)である。

このアドセンスこそが、従来のマスメディアを主体とした広告をバラバラにした。広告をクリックすると広告主(ブログの持ち主)にお金が入ってくる
ことには従来のバナー広告となんら変わりはないのだが、その統計データは他を凌駕するほどきめ細かいものであり、Google
自身もそのデータをもってさらに広告の精度を高めていくという手法を取った。その結果、この広告市場(=Google の売上げ)は今や
1兆円を超えるものとなっている。対して広告主に支払われる1クリックあたりの金額は1円~だから、グロスの広告出稿ボリュームとしての
1兆円と、それが1円単位で分配される仕組みは、今までにはなかったものといえるだろう。



これも微分化された例である。

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微分化された社会 その6 「本」

fragmented_society_6.jpg 物事を最小単位に分割する微分化は本も例外ではなかった。最初はオンラインで本が売られるだけだった。最初に本をオンラインで売り出したのはアマゾンだ。

そして最近その本家アマゾンはアマゾン・ページズというサービスを始めた。これは、本をページ単位で販売しようという試みである。

本も微分され、情報は人間が認識できる最小単位までバラバラにされていく。これが今現在進行形で我々の目の前で起こっている現象であり、一度
微分されると次はその断片同士に価値がつけられていく。1冊の同じ本の中でも、ページごとに値段が違う・・・そんな時代がやってくる日も近いかもしれな
い。

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微分化された社会 その5 「株式市場」

fragmented_society_5.jpg 今やPCさえあればリアルタイムに株価がわかる。自宅がトレーディングルームになる。今まで証券マンが電話で株主からの注文を受け継いで株式の売買をしていたものが、インターネットを利用したネット証券なるものが生まれ、人に代わってコンピュータが処理するようになった。



実は今まで証券マンと個人投資家との間では大きな情報格差があった。個人投資家は株式の「時価」しかわからないが、電話を取り次いだ証券マン
はその売数量と買数量がどれだけあるかわかるのである。つまりたとえばこうだ。個人が買おうとした値段よりも10円高いところで売数量が大量にあったとす
る。証券マンはそれを知っているが、証券会社とは株の売買手数料で儲けている会社だ。顧客が得しようが損しようが知ったこっちゃない。顧客が聞けば教えて
くれるだろうが、その事実を自ら進んで伝える義務はない。



しかし中にはその証券会社を通して億単位で株を売買している大変なお金持ちの個人投資家もいる。この人の注文は証券会社にとっても手数料を通して
大きな利益をもたらすので、損されて破産でもされたら証券会社は金のなる木を失ってしまう。その結果、このような証券会社にとっての上客は一般の個人投資
家よりも優遇されるだろう。有利な情報も積極的に教えてくれる。ゆえにネット証券以前(インターネット以前)は一般投資家が株で儲けられる機会は非常にま
れであったといえる。



裕福な個人投資家に対しては損失補てんすら行われていたほどだ。億単位以下の金を動かしている個人投資家なんかは証券会社にとってはすべて「ゴミ投資家」に見えただろう。



さて、1999年の終わり頃からネット証券が登場するとこの状況は一変する。今まで証券マンに電話で聞かないとわからなかった時価の上下の売り買
い数量(これを板情報という)がパソコンを通して個人でもわかるようになったのだ。電話の時代は証券マンが板情報を教えてくれたとしても売り買いの注文を
出した頃にはすでにその時価は動いているかもしれなかった。



しかし今やそれがリアルタイムで手に取るようにわかるようになった。私が知る限り、日本で最初にリアルタイムのマーケット情報を出したネット証券
は現在の楽天証券(旧DLJディレクトSFG証券(当時の住友系))で、「マーケットスピード」というソフトである。同時まだお金持ちの個人投資家がまだ
PC
に慣れていなかった頃、マーケットスピードを使えば誰でも株で儲けることができたと思う(私も例外ではない)。なぜなら個人投資家が始めて証券会社や機関
投資家と同じレベルの情報を持つに至ったのだから(しかしまだこれだけでは不十分で、どの証券会社がどの株をどれだけ売買しているかという情報までは手に
入らなかった。しかし少なくとも株価がすべて「ガラス張り」になった瞬間ではあった)。



マーケットスピードは今では有料になってしまったが(それだけ価値があるソフトだということ)でももちろん利用可能である。



さて、これが微分化とどう関係があるのか。



マーケットスピードでは分単位の売買状況と上下5本の板情報(時価を中心に上下の売り買い数量)が「リアルタイム」に把握できるのである。ためしに自分が売買注文を出すとほぼリアルタイムに注文が反映されていることがわかる。



このような状況の下では、10円単位で上下する株があったとすると、たとえば時価が100円で110円の売り注文が極端に少ない場合などは、次の
瞬間にその株価は110円になりそうだということがわかる。であれば株価は上がる。そうなると売買戦略が立てやすくなるだろう。1分単位で株価は変動する
のだから、そのスピードにあわせて自分も売買すれば儲けられる確度が高くなる。そうやって板情報とにらめっこしながら売買するのがデイトレ(デイトレー
ド)である。



従来の株式は長期保有が常識であったわけだが、デイトレでは売買はその日のうちに完結するのが基本だ。日本の場合株式市場は09:00~15:
00なので、15:00
から翌朝まで東京市場がしまっている間に世界で戦争や自信が起こってNYあたりの株価が暴落するかもしれない。そうすると翌日の東京市場も確実に影響を受
けるだろう。今やマーケットはグローバルで24時間眠らないからだ。



デイトレは株価を微分する。「これは微分化された社会」というコンセプトを思いついた起点である。最初はデイトレだけ考えていたコンセプトを拡大
していくと、IT
によって世の中の情報すべてが「微分化」され、その微分化された極小の断片に価値がつく(結果的に価格付けがされる)ということが、今まさに起こっている
ことなのだ。

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微分化された社会 その4 「動画」

fragmented_society_4.jpg 時代が進むと、スクリーンのサイズもどんどん小さくなっていく。最初はとても大きな劇場だった。その後映画館となり、お茶の間TVとなり、PC、そして今やケータイで手の平の中に。



動画の長さも YouTube では最長10分。しかし YouTube の世界で
10分の動画というとそれでも長い方だろう。1分か 2分。面白いところだけを抽出して載せる。このようなスタイルは今までになかったものだ。日本ではニコニコ動画がブレイク。これについてはもっと後の方で触れる予定。

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微分化された社会 その3 「着メロ」

fragmented_society_3.jpg 昔のクラシック音楽は曲の長さが数十分なんていうのはざらにあった。



今のポップスはどうだろう。だいたい1曲数分だ。


CM ソングともなるとサビしか流せない。たったの 15秒だ。


サビの部分たかだか 8小節というところか。



着うたフルは別として着メロに関しても、自分のケータイに呼び出しが来て出るまでの間に鳴っていて欲しいものだから、これもサビが選ばれる。8小節から長くて16小節だろう。



そうするとポップスはサビがいかに「キャッチーなメロディーか」によってビジネスとして売り行きが決まる。



A メロ、B メロなんかはビジネスの観点からは正直どうでもいいだろう(実際、A メロ B メロは後から付け足したようなものが多い)。



時代が進んでいったら音楽まで断片化されてしまった(これも、コピペが簡単に行えるコンピュータミュージックの登場による)。そして人々はそれを楽しむようになった。


音楽は小節単位で微分されたのだ。微分されたサビは一人歩きするようになり、A メロ B メロは後からとってつけてもよいものとなった。そうすると今
度はBメロとサビの間で急に転調したりして人間の耳に対して心地よい小サプライズを起こす曲が多くなった。ひと昔前の小室哲也の曲なんかはほとんどの曲で
サビの部分は転調していた。今の人たちはその変化を楽しんでいる。



(微分化された社会その3 おわり)

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微分化された社会 その2 「音楽」

fragmented_society_2.jpg まずは例証していくのがいいと思う。

第一弾は、音楽。

その昔、レコードはアルバムとして曲を「まとめ売り」していた時代があった。


それは CD になっても同じであり、シングルもあったが、アーティストが創った曲すべてがシングルカットされるわけでもない。

iTunes の登場によって今や1曲1曲がバラバラにネット上でダウンロード販売されるようになった。



これはビジネス的にみると、アルバムの「まとめ売り」や「売れる曲だけをシングルカット」していたパラダイムとは大きく違うものである。



IT 技術が発達すると、情報が断片化され、容易に管理できるようになる。iTunes は、音楽ビジネスの形態も変えてしまった良い例だ。

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