微分化された社会 その1
微分化された社会シリーズを、はじめようと思う。
では、微分化された社会とは?
それは、yas が考える21世紀のパラダイム。まずは、
ITの力により、情報は粉々に砕かれる。これの意味するところは、つづく。
IT の本質を見極めよう!
微分化された社会シリーズを、はじめようと思う。
では、微分化された社会とは?
それは、yas が考える21世紀のパラダイム。まずは、
ITの力により、情報は粉々に砕かれる。これの意味するところは、つづく。
· admin
興味深い記事を見つけました。
ProBlogger というサイトが 2006/11 にブロガーに対して AdSense に関するアンケートを行った模様。
それによると、
…だそうです。このチャートはちょっとトリッキーで、$100 以下の目盛りが細かくなっていたり、$1,000 以上の目盛りはラフだったりと目盛りのスケールがバラバラなので注意する必要があります。円グラフも参考にしながら頭の中でスケールを再構築してください。
· admin
ケータイはもはや人間の行動を記録できる機械。ネットにもつながるので、そう遠くない未来にネットとリアルで「パーマン」みたいな世界ができる。映画 『マトリックス』 な世界観はネットが中心だったが、自分の分身はネットで活動しているという感じだ。
ネットによって非常に効率的な人、金、モノ、情報の配分ができる社会が実現できると、やがて金権まみれの現在の民主主義は崩壊して、社会民主主義に向かうと思われる。この過程ではあくまでも多数決の理論は残るだろう。我々が生きている間に社会民主主義になるとは思わないが、おそらく 100 年後の世界は実現しているのではないだろうか。
社会民主主義になっても多数決がすべてのことを解決できるわけでもないので、その後は共産主義に移行する。共産主義は 20世紀に崩壊したと考えられているが、その思想が目指す通りの社会が実現できれば少なくとも現在の資本主義よりも平等な社会が実現できるだろう。ビルゲイツが何兆円もの資産を手に入れる一方で、日々食べるものを手に入れることすら困難な人たちがいる。それが今の資本主義社会の現実である。
これまでの歴史の中で崩壊した社会主義国家を経済面から見ると、当時の計画経済は人間が手作業で行っていたのであり、最大の問題点は、壮大な経済の計画が出来上がった頃にはその計画自体が(たとえば1年遅れで)時代遅れになっていたということである。これでは計画になってない(笑)。その計画通りに実行できるかわからないし、人間が計画を作る以上は主観が加わる余地があり、判断ミスもあり得ただろう。
しかしそれは今ならコンピュータを使えば簡単に出来てしまう。いや、決して簡単ではないのだが、Google の非公開の技術(たとえば、グリッドコンピューティング)を使うとそれができてしまう時代になった(今のところ Google がこういう話にまったく興味をもっていないのが救いではある)。
共産主義では平等を実現するためには独裁者を抜きには考えられない、つまり、究極の平等は誰か人の言ったことを残りの全員が忠実に守ること(そう、カルト宗教のような世界です)だが、その独裁者の役割はコンピュータが行うと思う。
しかしコンピュータにすべてを任せてしまったら、SF 映画でもよく描かれるように、コンピュータが支配する社会はコンピュータ自身が暴走してしまったりして危なくないのか?という心配もある。
その答えとして、キーとなるものがオープンソースである。
フェアであること。これが現代社会、特に日本においても誰もが求めているものではないだろうか?そして一部の個人、団体、企業だけが利益を得られる社会を変えていくには、システム化の面からはオープンソース以外考えられない。
オープンソースの世界では、ソフトウェアの開発過程やソースコード(ソフトウェアの設計図)はすべて公開されているから、不正やその他、非効率なプログラムは誰でも修正できる。ちょうどウィキペディアがみんなが作る百科辞典、間違いも稀にあるけどそれはやがて修正され、適当なものとなるという世界を目指しているのに似ている(というか、そのもの)。
たとえば投票のシステムを作ることを考えてみて欲しい。こんなに IT が発達した現在でも、投票所に足を運び、手作業で集計だ。それには莫大な時間と稼動がかかっている。みんながしたいことは自分の支持する候補者や政党に投票すること、そして知りたいのはその選挙の結果だけだ。要件はこの2つしかない。この選挙のシステムの設計書が誰でも(知識のある人であれば)自由に手に入るとしたらどうだろうか?それこそがもっともフェアといえるのではないか。必要であれば設計書のレビューは自分で行えるし、設計書通りに選挙システムが動作しているか監査もできる。徴税や予算執行の会計システムも同様だ。
同時に、コンピュータウィルスに関してもオープンソース相手のウィルスは作りにくい。それは Linux や Apache その他多くのオープンソースプロジェクトの成果であるソフトウェアが実証していること。
ボーダーレス化が進み、人やモノの移動がさらに自由になると、地域格差が解消に向かう。そしてオープンソースによるガバナントの実現。結局、徴税と富の再配分、教育などの政府の仕事っていうのは、ネットに移行できるだろう。政府のシステムがすべてオープンソースになる。これは政府の仕事がすべてガラス張りになるということでもある。
実際には、国家として求められる必要最低限の機能がコアとして実装されて(オブジェクト指向でいうスーパークラス、クラスライブラリが提供され、それを元にフレームワークが作られる)、地域ごとにサブシステムが作られていき、人々がそれを使うようになる。
それをオープンソース・ガバメントと呼べると思う。
· admin
続きを読む →見栄えのよい文書を作るには、フォントやレイアウトを工夫しなければならない。それにはいくつかのポイントがある。
フォントは、ご存知ゴシック体と明朝体がある。それぞれ、基本的に使い方が決まっている。
こうしてみると PC の世界では、人間に対する画面デザインはほとんど考慮されていないことがわかるだろう。これは技術者が単に上のような DTP におけるテクニックを知らなかったからなのだろうか。Windows と Mac のインターフェイスの違いを考えても、使いやすさは上に挙げた基本的な差異から来ていることが多い。
日本では、駅にある電光掲示板などは、なぜか明朝体だったりする。あのドットの荒い LED のディスプレイで明朝体の文字の先端の跳ね方などを表現しきれないのに、なぜゴシック体じゃないのかずっと疑問だ。技術者にもう少し絵心というかデザインの基礎があったらなと思う。ゴシック体は視認性に優れているので、ゴシック体の方が電光掲示板のフォントに適しているはずなのに。
また、紙の文書とウェブサイトのデザインは違う。上にも触れたように、コンピュータのモニタを通して読むフォントとしては、明朝はほとんど使い物にならないだろう。ウェブサイトではマウスによる操作が入ることに注意したい。ウィンドウズのタスクバー のエントリーを参考にして欲しい。
ほとんどの人は右利きと思われるので、マウスを右手で持つのだ。右利きの人のマウスの使い方の場合、左上から右下(左から右への流れ)のマウスの動きが自然なのだ。逆の動きは思考の分断をもたらす。よくインデックスをブラウザの画面の左側に配置するサイトがあるが、これは紙の文書として、または印刷物としての見た目には良いレイアウトの例なのだが、サイトとしての機能を持ったレイアウトとしては使いづらいものになってしまうのだ(Mac とウィンドウズの「はい」「いいえ」ボタンの位置の考え方)。従ってこのブログではメニューなどのインデックスは左側ではなく右側に配置している。
ウェブサイトでインデックスやメニューを左側に置きたい人は、DTP やレイアウトなど、そういったことを必要とする仕事に従事してきたのだろう。しかし面白いことに技術者がフォントの使用で過ち(?)を犯したように、従来の紙の上でのデザイン関係者も新しいパラダイムであるウェブデザインで過ちを犯しているのだった。
ダニエル・ピンクの「ハイ・コンセプト」にあるように、これからはデザイナーは機能を学び、技術者はデザインを学ぶ時代なのだ。
· admin
続きを読む →あまり知られていないと思うが、障がい児をサポートするというボランティアが年に 1度だけディズニーランドで行われている。KIDS というボランティア団体(NPO)が主催で、KIDS プロジェクトという名前が付いている。
KIDS プロジェクト、つまりディズニーランドでのボランティアは、毎年 6月の上旬の金曜日に開催されていて、参加するには丸 1日会社の休みを取り、さらに交通費や入園料まで自腹を切らなければいけない。つまりボランティアするのに自分の方から金がかかる。が、なかなか面白い企画で、私は日本にいるときは毎年のように参加していた。
ある年、都内に住むあやちゃん(6歳)をサポートした。彼女は目が見えないのである。園内は広いので、当然彼女には介助が必要である。
まず最初にファーストフードのレストランに行った。こちらが食べ物を買って、食べるのを手伝うのだが、あやちゃんにとっては何を食べさせられるのか、何を飲ませられるのかわからない。だからこちらがすべて言葉で説明する。あやちゃんはハンバーガーを手探りで食べる。
食事後、ボランティアが左の手をつないで歩いていた。右側は白杖(白い杖)を持っている。そのため、人ごみの中だと右肩が人とぶつかる可能性がある。
軽いスロープがあった。階段もある。
どこかアトラクションに行こうと歩き出した。この間、あやちゃんはボランティアに「今何が起こっているか全部(言葉で)話して」という。
あやちゃんのリクエストでシンデレラミステリーツアーに行く。このアトラクションは 20分程度、乗り物には乗らずに階段をあがったりする場面がある。ツアーなので乗り物系よりも楽しめるのかも知れない。
さて、ここまででわかったことは、本人は事前にどんなことをするのかされるのか知らされるのがよいということだ。私も IT エンジニアの端くれ、このとき IT を使ってあやちゃんをサポートできないのか考えてみた。以下はそのストーリーである。青字の部分が、IT がサポートできそうなシナリオである。
まず最初にファーストフードのレストランに行った。こちらが食べ物を買って、食べるのを手伝うのだが、あやちゃんにとっては何を食べさせられるのか、何を飲ませられるのかわからない。すべて言葉で説明する。あやちゃんはハンバーガーを手探りで食べる。
→周囲のものを判断して(あやちゃんに逐一)知らせて
くれる。
食事後、ボランティアが左の手をつないで歩いていた。右側は白杖(白い杖)を持っている。そのため、人ごみの中だと右肩が人とぶつかる可能性がある。
→接近する人やモノ、状況(=コンテクスト)を感知して
知らせてくれる(園内と白杖にセンサをつけたら
よい)。つまりセンサ同士が反応する。
→それが他人なのか、知人なのかも判断する。
軽いスロープがあった。階段もある。
→歩いている道がどんなものなのか、その先に
何があるのかを知らせる。
どこかアトラクションに行こうと歩き出した。この間、あやちゃんはボランティアに「今何が起こっているか全部(言葉で)話して」という。
→今起こっている状況をポイントをピックアップして
逐一説明する。
すべての IT 技術者にこのようなシナリオを知って欲しい。IT 技術者、特に研究開発に従事している人であれば、自分の取り組んでいる技術がどんなことに使えるのかユースケースやシナリオを考えることは必須であろう。そのときに、障がい者の目線に立って考えてみて欲しい。きっとヒントがあるはずだから。そしてそれはきっと、技術者にとっても障がい者にとっても、Win-Win なシナリオなのだ。
あやちゃんのことは実際問題、他人事だろうか?たまたま彼女は生まれつき目が見えなかったが、目が見えなくなることは、(今は目が見える)私たちにも将来起こり得ることなのだ。ひょっとすると自分ではなく身近にいる家族がある日突然交通事故に遭って体が不自由になる可能性だってある。それは先天的、後天的な差でしかない。そう考えると、上で示したシナリオを実現していくのは、すべての IT 技術者の義務じゃないかとさえ思う。
· admin
続きを読む →
日本の技術はクルマ、エレクトロニクス(ノート PC、デジカメ、AV 機器、薄型 TV など)の分野で世界を席巻してきた。ケータイは世界市場へは進出しているとはいえず内需に留まっているが、技術やサービスの面ではこちらも世界一だろう。ケータイの分野はあまりにも日本は進み過ぎていて世界が追いついていってない。
2006 年時点でこのような状況のもと、日本の技術が次に向かう方向はやはりロボットにあると考える。この考え方は 2001年にすでに「ケータイの次に来るもの」で触れているのだが、その理由をさらに詳しく考えてみよう。
(日本を取り巻く背景、諸事情)
(なぜロボットなのか?)
上に挙げた背景から日本では高齢者を支える若い労働力(つまり、税金を払う人)が必要である。この問題を解決するためには大きく分けて次の 3通りの選択肢がある。
それでは、これら解決策の問題点をみてみよう。
ホンダの ASIMO を実際に見たことのある人であれば、ロボット社会が非現実なものではないということがわかるだろう。あの動きはどう見ても中に人間が入ってるとしか思えない(笑)。少子高齢化社会に向けてまずは介護ロボットや盲導犬 AIBO などが実現されれば、日本はこれらのロボット技術を内需型の経済からグローバル経済へ適用し、国際社会の中で生き残っていけるだろう。
· admin
キーワードは 「ゼロコスト」
空気を説明するのはむずかしい。当たり前のことを人に説明するのはむずかしい。結局、説明できないので相手に説明しないということになり、悪循環が生まれる。
朝日新聞全 5段の広告出稿は 1,000万円。この広告は 1日で消滅してしまうが、ネットならば(広告や口コミ)は残る。
「ウェブ進化論」という本のタイトルは Google で検索してないものを選んだ。2006/01/01 に「ウェブ進化論」で検索すると 11 件だったものが、本が発売されてから今 (2006/04/21) では 230万件になっいてる。
40代半ばの人たちは、技術はわかっている。わかっているけど仕事が忙しくネットを利用していないから誰も買わないものができてしまう。
現在起こっているのは IT革命ではなく、I革命である。Google が作っているのは I革命なのである。
→若い人はこれを享受しているが、見向きもしない人がいる。
ネットの世界の 4 大法則と 3 大潮流
→世界中の人は今何をやっているのかを分析して億単位の行動を上から俯瞰することができる。アメリカの諜報機関 CIA などを考えてみればよい。政府がお金をかけてもできなかった。
ロングテール法則 母数は≒∞、コストは≒ゼロ 1億人から 1円ずつ集めるコストはゼロという世界を考えて欲しい。1 万人の従業員がいる会社は 1 人が 1 日に 8時間働いているとすると、1 日に 8万時間を使って仕事をしている。これが 10 万人だと 48分、100 万人だと 5分、1,000 万人だと 30秒。アマゾンではレビューを書いて 5 分でもその人がサイトに滞留してる人が無数にいるということが起こっている。そのレビューが書かれるコストはアマゾンにとってはゼロに等しい。そのレビューを書く人が膨大な数になることを考えてみて欲しい。
→オープンソースとは Global Virtual R+D Orgnaization である。オープンソースの開発者は、現時点で全世界で 300万人程度いるだろう。これは企業の R+D 部門からすれば無限 x コストゼロである。
→ネットリーダーシップはリアル世界のリーダーシップとはまったく違うものである。
→Wikipedia もオープンソースだろう、そこでのインパクトは測り知れない。企業の中では、人、金、モノが必要となる。それを動かそうと思ったら権利(権限)やパワーが必要である。しかしオープンソースの世界ではリアルの世界での権限、すなわち金銭、命令、強制力が原動力ではない。これはなぜ人は働くのか?という疑問と関係がある。
→Attention:他者から認められるということ。称賛、承認、存在確認、注目
→リアルの周りが自発的参加するということ
質疑応答
· admin
今回は技術的な話は抜きにしてブログの効果、効用について考察してみたい。
1999/12 に私は親しい知人・友人をそのメンバーとして Economics というメーリングリスト(いわゆるメルマガ)を始めた。そのきっかけは、「常日頃感じていること、思っていることを少なくとも私の近い人に知って欲しい」であった。そして当時は 「そして今後、私のように個人が常日頃感じていること、思っていることをネット上で配信(個人の情報発信)したい人が増えるであろう。」 とも予想したからでもあった。しかし適切な手段が当時はなかったので、システムとしてはメーリングリストが最も適切ではないかと考えていた。書き手と読み手の双方向のコミュニケーション手段としてはメールが最適であると思ったからである。
1999/12 のそのメーリングリスト開設当初から、ウェルカムメールには次のように書いてある。
このメーリングリストは主に私の独り言用です。さて、時代が経ち、Economcis 創刊からの数年後、この予想が具現化したものがブログであろう。あいにく情報発信の手段はウェブ=ブログとなり、メールベースのコミュニケーション手段であるとの私自身の予想ははずれてしまったが、ブログと Economics で私が情報発信してきたことの本質は変わらないだろう。
ちなみにメーリングリストとメルマガの違いをここで定義しておくと、
Economcis ではメーリングリストの形式を取りながら(つまり、メンバーも必要があれば自由に投稿できる) メルマガのスタイル(基本的に私の独り言)を取っていた。従って、メルマガのように完全に一方通行なわけではなかった。
それではメルマガとブログではどのように違うのだろうか?それをまとめてみよう。
Economcis の対象の読者は私が選び、限定していた。そしてこのメーリングリストに投稿してきた内容はまぎれもなく私の独り言であった。内容も原則非公開であり、私自身は身元のはっきりとわかる方しか登録していない。メンバー数も多くない。よって、公であれば著作権上まずいものでも、私信メールのように流すことができた。
メールは読み手が読むか読まないか不明ではあるものの、少なくとも読み手のメールボックスに直接に届く。ブログも RSS の機能を読み手が使っていれば読み手に更新が自動通知される。メールというシステムは読み手の意思という面では受動的である。一方ブログ(ウェブ)は読み手が読みたいときにアクセスするため、能動的である。読み手の意思にかかわらずメールは配信されるため、強制力はメールの方が強いといえる。
メーリングリストやメルマガでは、メールというシステムの特性上、一度投稿した内容は取り消すことはできない。一方ブログはウェブサイトという形となるわけだから、投稿した内容は後からいくらでも変更可能である。誤字脱字レベルであれば後からの変更は許されるであろうが、細かな表現から始まって一部または全体の内容まで変えてしまうと一貫性が保てない。さらにブログでは一度投稿した記事の 「削除」 が可能である。
例えば国会議員が自分のブログで不適切な発言をしてしまい、それを後から取り消すようなことがあったらどうだろう?一度投稿した内容が
「世の中に影響を与える形で物議を醸し出してしまったので投稿を削除した」 というのでは、メディアとしては到底信頼できるものではないだろう。
実は、メーリングリストのシステムはたいていにおいて、投稿された内容が HTML 形式 (HP) に変換され、それは HP として公開することができるようになっているものが多い。Economics でも(今は公開はメンバーにすらしていないが)投稿されたメールはウェブから見ることができる。この意味では「簡易 HP 作成機能」というよりはむしろ、投稿したメールの内容でそのまま自動的にウェブサイトができあがってしまう。が、、
メーリングリストのウェブサイト自動作成機能には、テンプレートやアーカイブ(月別や日別の管理)など、投稿した内容をいろいろな角度からきめ細かく見せるまでの機能は弱いだろう。
実際は、コメントはメーリングリストへの参加者であれば投稿されたメールにリプライする形でコメントをつけることができるため、この部分ではブログの要件は満たしている。ただし、ブログのように本稿とコメントが分かれるわけではなく、投稿されたメールもコメントとして投稿されたメールも、メンバーのメールソフトに対しては同じメールとして扱われる。テンプレートとも関連するが、テンプレートはブログのオーナーが読み手にサイトをデザインしながら投稿内容を提示する。テンプレートがユーザーの目を通して見せることのできる 「枠」 だとすると、メーリングリストでのこの 「枠」 はメールソフトということになる。ブログではそのブログのサイトのデザインが、読み手のセンスに合わないこともあるかも知れず(たとえばフォントの種類やその大きさなどが自分の好みに合わないこともあるだろう)、一方のメーリングリストでは読み手がいつも使い慣れたメールソフトを通して記事を読めるという点では、同じ記事であればメールで配信した方が良い場合もあるかもしれない。
この機能はメーリングリストにはない機能である。逆に、外部システムと連携できるからこそ、ブログで自分の意見を述べる意義があると言えるだろう。
個人の HP といえばこれだけ世の中がブログに向かったので、実は私は、2005/02 から、自身が持つ技術情報を公開していくことにした。実際はケータイをシステム手帳にバージョンアップするサイト i-Services のシステム開発・サイト構築で得た技術である。会社の業務で得た技術情報はもちろん守秘義務に反するし、i-Services は完全に私的なサイトであるので問題はない。
Perl Tips (https://perltips.twinkle.cc/)※このブログは対象が完全に技術者となるため、今まで Economcis では周知していなかった(というか、特に周知はしていない)。
2005/02 から始めたこのブログ、本格的に取り組み始めたのは去年の秋からである。ブログもひとつのキャリア提示の場と認知され始めたか、もしくは今後ブログが自身の履歴書の補完材料となっていくのではないかと考えたからである。2005/12 からは、少なくとも 2006年は年間 100 個の技術情報を投稿することを目標とした。そのために 3 日おきに記事を投稿するようにした。実際には書いたらすぐに公開せず、ブログの公開スケジューリング機能を使って書き溜めた記事を 3 日おきに配信するようにしている。技術情報なので、記事が多くなるとだんだん書くネタも減ってくるのであるが、今のところ現段階で 1〜2ヶ月まで記事配信のスケジュールは埋まっている。
ところで、私の妻のブログである
ゆたママ家のだいありー (https://yutamama.2kids.net/diary/)は日記であるが、これはキャリアになるだろうか?このブログは 2004/01 から現在 (2006/02) まで、すでに 2 年間は続いており、2〜3 日のペースで更新されている。日記とはいっても今振り返ってみれば、* 2 年前* からこれだけ続いているブログが他にあるだろうか? 「ゆたママ家のだいありー」 には、(2006 年の時点で)まだ 2 年しか続いていないともいえるだろうが、ブログが認知された時期を考えればそれなりの歴史がある。
世の中には広くブログが認知 (日経にもフツーに用語として出てくるくらいだし)され、ブログを立てること自体は誰でも簡単にできる時代にはなった。しかしながらブームに流されて自身でブログを立ててみたものの、3 日坊主で終わる人も多い。内容はどんなものであれ、相当の意思がないと継続的に続けられないということは、ブログを書いている人(ブロガーという)は痛感していることだろう。従ってもし今後もこのペースでブログを書くことを続けていければ、もし私に何かあって働かなければならなくなったとき、会社の面接で堂々と 「× 年前からブログは続けています、地道にコツコツとやるのは自信があります」 とアピールできるだろう。
Economics は私的なメーリングリストであり、限定されたメンバーにしかその内容が配信されないのに対して、ブログは新聞や TV などの既成のマスコミを補完し、その速報性、スクープ性から、時には既存のメディアを凌駕する存在になってきている。例えば、最近では以下のようなエピソードがある。
カナダではエド・モリゼー (Ed MORRISSEY) 氏のブログ 「キャプテンズ・クォーターズ」 の報道が引き金となってクレティエン首相が退陣した (SAPIO 2006/03/08)。◆ ◇ ◆
以上、ブログについてさまざまな角度から見てきた。「あなたの HP ってないの?」と、友人からは今までに何度も質問されてたが、そのたびに 「ない」 としか答えようがなかった。私の HP への興味は、HP というよりもそのシステム面にあったから、技術屋としては i-Services が自分の HP の代わり、といったところだった。なので本当に自分の HP は今までなかったのだが、実際はブログと Economcis メーリングリストの共通点は多い。そこでこの Economics のバックナンバーから今読んでも耐えうる投稿を厳選し、このブログにしてみた。
このブログを作成するにあたっての方針としては以下の通り。
Firefox、Safari (Mac OS X)、RSS リーダー、IE の次期バージョンをお持ちの方は
https://econo.pixie.works/atom.xmlで、ブログが更新されたことがわかるようになっている。今後は、積極的にブログにも展開していこうと思う。
· admin
前回(解説編)のおさらいから。
私の定義する 「ブログがブログである条件」 は以下の 6 つである。
さて、ここでうちの私の妻の HP を取り上げながら解説していこう。
ゆたママ家のだいありー: https://yutamama.2kids.net/diary/妻がウェブで日記を付け始めたのが 2003 年の 10 月だったと思う(なぜ日記を付け始めたのかは理由は忘れた)。当時、私がネット上からフリーの日記システムを設定して半年弱くらいつけただろうか。ちょうどそのころ、「ブログ」 というものが世で騒がれ始めたときだった。私もすぐにブログで妻の日記サイトを作っていればよかったのだが、妻が日記を始めた時点では私自身もブログのことをゼロから勉強しなければならない状態であった。といっても、何がすごいのかわからないまま 2003 年当時、少しばかり世の中を見渡すと IT 業界は 「ブログ、ブログ、ブログ」 と騒いでいる。
当時よりブログといえば Six Apart 社が出している 「Movable Type」 というものだった (しかも当時はフリーだった) が、仕方ないので勉強のためにとりあえず自分のサーバにブログのシステムをインストールして試してみたところ、今まで使っていた日記システムと大差なく、正直乗り換える理由がなかった。なので、
は、特にブログでなくてもこの1.の要件を満たせるものは当時から世の中にあったといえよう。しかしそう言っている間にもブログのパワーは日増しに強くなっていくように感じたので、2004年の2月くらい(?)に妻を説得にかかった。
「これからはブログの時代になるから、今まで付けていた日記をブログに移行しよう」ここで妻は猛反対。そりゃそうだ。ほとんど毎日付けていた半年弱分を手作業で入力し直すのは相当な作業だ。確か、ここで妻からはホントの泣きが入ったかも知れない^^;大変なのはわかっていたので、半分くらいは私がシコシコ移行して、半分は妻がやった。それでも、2004 年の 1〜3 月の間、3 ヶ月分だけ移行するのがやっとだった (従って、2003/10〜12 の日記はお蔵入りとなっている)。
「世の中絶対にブログになる。後できっとブログにしておいて良かったと思えるときが来るから!」そう妻をなだめすかして、まぁコレは当時は一種の賭けでもあったわけだ(もし、そうでなかったら妻に申し訳が立たない)が、今(2006 年)のブログ、ブログ、ブログ!!!状況をみれば妻も納得がいくであろう。
従来は、サイトに訪れて来た人とのコミュニケーション手段として 「掲示板」 というものが必ず個人の HP には付いていたと思う。サイトのコメントをしたい場合はそのサイトのオーナーにメールをするか、掲示板に書き込んでいたのが今までのスタイルである。一方でブログの場合は、個々の記事にコメントが付けられるようになっている。サイトを訪れた人がブログの記事を読んで、何か感想がひとことでもあればすぐに残せるような仕組みになっている。つまりブログ自体が一種の掲示板のような機能も持っているということである。
これは後で触れる。
トラックバックの概念を理解するのは、最初は非常に難しい。そして使いこなすのも難しいが、自分のサイトのアクセス数を増やしたいのなら、自分から積極的に他のブログに対してトラックバックを送るべきである。それも、人気のあるブログがよい。自分のサイトから「トラックバックする」ということは、人気のあるサイトにリンクされるということである。Google の PageRank の仕組みからすると、人気のあるサイトにリンクされているサイトも、また優良とみなされるのである。その結果、Google の検索結果に少しでも自分のサイトが上位に表示される。上位に表示されると Google の検索結果経由でアクセスされる可能性が高くなるわけだ。
ゆたママ家のだいありー を見渡すと、右の方に 「海外で日本のテレビを見る方法 by とつぜんトルコすとーりー」 とある。残念ながらリンク切れだが、「参考までに私のサイトも見てね」 ということで、「とつぜんトルコすとーりー」 さんが、「ゆたママ家のだいありー」 にトラックバックを送ったのである。その結果、「ゆたママ家のだいありー 」 には、特に何もしなくても、「海外で日本のテレビを見る方法 by とつぜんトルコすとーりー」 というリンクが表示されるのである。
これがトラックバックと並んでブログを有効活用する神髄だろう。
ようこそ!ゆたママのお部屋へを見て欲しい。ここのトップページには日記が部分的に表示されているが、内容としては
ゆたママ家のだいありーと同じものである。それでは、この 2 つのサイトは妻が両方手で入力しているのだろうか?もちろん違うのだ。「ようこそ!ゆたママのお部屋へ」 のサイトは、「ゆたママ家のだいありー」 にある日記の 「データ」 を引っ張ってきて表示しているだけなのだ。これは上の 「4. サイトのデザインとコンテンツがはっきりと別に管理されている。」 からこそ成し遂げられる技で、もし HP を作るときに文章とデザインを一緒に構成してしまったら、文章だけを引っ張ってくるのは実に大変なことなのである。日記のみを原稿用紙に書いた文章を書き写すのと、ファッション雑誌のデザインの文章を書き写すのでは、コンピュータは原稿用紙から書き写す方が得意なのだと考えていただければよい。原稿用紙に書かれた文章は、雑誌のように色や段落(段組み)のような情報がないからである。
さて、「ようこそ!ゆたママのお部屋へ」 は、2006/01/01 に旧サイトからリニューアルしたのである。現在の 「ようこそ!ゆたママのお部屋へ」 は、それ自体がブログであるが、ブログというよりは、 「サイト」 である。ブログは日々の記事を書くのには向いているのだが、HP でアルバムを作ろうとするととたんにその機能が弱いのだ。しかし 「*旧*ようこそ!ゆたママのお部屋へ」 は、旅行記やレシピなどのコンテンツがメインであり、それをすべてブログにしてしまえないこともないが、やはり適材適所なのだ。
今まで 「ようこそ!ゆたママのお部屋へ」 は、妻がすべて自分の手で更新していたのだが、その作業をこれから先も続けて行くとなると大変な時間の消費となる。日記に関しては上でみてきたブログで対応できているとして、旅行記、レシピなどの写真アルバム系のコンテンツは効率よくどう作って行けばよいのだろう?
ここで、2005 年初めから私が注目していた 「コンテンツマネジメントシステム (CMS)」 というものを使うことにした。ブログが簡易ホームページと称されるのであれば、CMS はサイト構築システムといったところか。その CMS は、昨今はフリー(オープンソース)のものもでてきて、だいぶ機能がこなれてきたので、「これは使える」 と確信した。そこで、2005/08 からまずは私が 「ようこそ!ゆたママのお部屋へ」 からのコンテンツをまたもやシコシコ移行した。1/3 くらい移行できたところで妻に話してみた。
「『ようこそ!ゆたママのお部屋へ』を、このシステムに移行したいんだけど」当然また妻から泣きが入る。
「いや、俺もある程度入れて、残りも協力するから、移行しよう。これからは、ブログじゃなくてこのシステムをみんなが使うようになる」渋々ながら妻も納得し(たのかどうかわからないが)、少しずつ移行作業も始めて、結局 2005/08 〜 2005/12 の 4ヶ月かけてサイトのすべてのコンテンツを移行した。
こうして新生 「ようこそ!ゆたママのお部屋へ」 は生まれたのであるが、このサイト、
が含まれる。
将来は、こういったシステムをベースにもっと簡単に個人でもサイトが持てるようになると思う。そのヒントがブログを発展させた CMS である(もしかすると、ブログというコトバはずっと残り、CMS の概念がどんどん入り込んで行くのかもしれない)。
· admin
ネット上では 「ブログ」 が大ブレークだそうだ(いや、「だそうだ」なんかじゃなくて実際そうなのだ)。ブログとはもともとウェブログ Weblog の略で、ひとことで「日記風簡易サイト」と説明されることがある。
で、世の中の動向を誰よりも先に指摘していくこのエコノ研究所(笑)、当然このエコノ研究所でもブログに触れられていなければならなかった。しかし残念ながらブログについて書くのは今回が初めてだ。
実は、前回投稿した、Google の AdSense で、
PageRank、AdWords、AdSense、この3つの技術をベースに広告事業で儲けているのが Google なのだ。…まで説明してきてここで初めて「ブログ」が説明できるのだ。一般的には、みなさんも「ブログ=日記」と思っているに違いない。ほとんどのブログと名乗っているサイトを見れば中身は日記なので、これは間違ってはいない。
livedoor 社長日記(今は堀江貴文の日記に改名)
も、livedoor Blog(ブログ)となっているのだ。が、逆に 「日記=ブログ」 という定義は違うのだ。これまでブログに触れられなかった理由は、ブログであることの条件に関係する。
私の定義するブログがブログである条件は以下の6つである。
それではひとつひとつ説明していこう。
従来、ホームページ (HP) を作るためには、自分の PC 上でさまざまソフトを組み合わせて 1 つのホームページを作っていた。それが、ブログではブラウザ1つさえあればサイトへの記事を投稿したり、デザインを変えることができるようになっている。よってPC に不慣れな初心者でも比較的簡単に HP を持つことができるようになった。デジカメで撮った画像も簡単にサイトに入れ込むことができるようになっている。
サイトを作るときに、コンテンツ(記事、情報)は、日付ベースで書くことになる。そして書いた記事はページの一番上に自動的に表示される。ブログ=日記と思われるのは、サイト内の記事は日付で管理されるために、このスキームで個人がホームベージを作るとなると、必然的に記事=日記となり得ること、そしてブログに書く内容としては日記が最も向いているということだ。もちろん、プログに書く内容は日記でいけないというルールはないので、日頃思っていることでもいいし、ニュースでも、写真でも、とにかく何でもいい。
従来は、個人がホームページを持った場合には、必ずといっていいほど 「掲示板」 のコーナーがあった。しかし日付ベースで管理されるブログではその記事に対してコメントを簡単に付けられるようになっている。
従来のウェブサイトは、サイトを作る人がデザインを考えながら記事を織り交ぜて作っていた。このため、サイトのデザインを大幅に変更しようとすると記事の配置その他も一緒に変えなければならなかった。サイトのデザインを変えるということは、1 からサイトを作り直すということであり、これは大変な作業であった。しかし、最初からサイトのデザインはデザイン、データはデータで分けて管理したら?デザインとデータは切り離されているので、サイトのデザインは「テンプレート」と呼ばれるサイトデザインの 「ひな形」 を変えるだけでよくなる。このようにすると気分次第でサイトのデザインを簡単に変えられる。より技術的には、サイトのデザインはスタイルシート(やテンプレート)によって変えることができる。
実は、このトラックバックというものがブログをブログたらしめている仕組みであり、この仕組みがないとブログとは名乗れないのではないかと思う。そしてこのトラックバックの説明が一番難しく、私自身もなかなか理解できず、自分で完全に咀嚼できたのが昨年に入ってからだったので、ブログについてエコノ研究所に書くのが遅くなってしまった。
トラックバックとは、他の人が書いたブログの記事の一部を自分が引用したり、その記事に対して感想を述べるときなどに、「私はあなたの記事(ブログ)を引用しました(または感想を述べました)」 と知らせる機能である。もしあなたが見知らぬ A さんの記事を自分のブログに引用したとする。そこで引用元を明記すると共に、A さんに 「引用しました」 という情報を送るのである。従来は見知らぬ人の記事を引用したらメールで 「引用させてもらっていいですか?」 「引用させていただきました」 と、そんなやり取りがあったと思うのだが、ブログの世界のこの通知はメールはない。ウェブでの引用はウェブで知らせるのである。A さんのサイトがブログであれば、引用しようと思ったA さんの記事には 「トラックバックURL」 というのがあるはずである。この URL をコピーして、1. で説明した自分の記事を書くときに含めておく。そうして自分の記事を保存すると、A さんのサイトの中の引用した記事の下の方にあなたのサイトのリンクが(自動的に)表示されるのである。
A さんの書いた記事が 「渋谷のラーメン屋」 で、あなたがそれに反応したとき、あなたも 「渋谷のラーメン屋」 について書いている可能性が高いだろう。この理屈から言えば、トラックバックを送ることによって A さんの記事にあなたのサイトのリンクが表示され、A さんの記事の読者はあなたのサイトへのリンクも見つけるはずだ。そうするとAさんの読者は、A さんの記事のトラックバックを集めることにより、似たような記事を集めて読むことができ、他の人が 「渋谷のラーメン屋」 についてどのような意見を持っているか知ることができるのだ。
ここで思い出して欲しいことがある。このトラックバックの仕組みはGoogle の PageRank に書いた、
この PageRank の技術は、Google が Google たるゆえの根幹をなす技術である。Google の世界ではとにかく「リンクされることによってそのサイトの価値が決まる」と考えて欲しい。まさにこの 「Google に対して自分のサイトを検索されやすくする」 行為にもなっている。そして Google で検索される(キーワードを入力すると自分のブログが検索結果の上位に表示される)ということは、自分のサイトを特に宣伝しなくても検索してきた人が自分のサイトを訪問するということである。自分のサイトに Google の AdSense の広告が表示してあって、たくさんの訪問者が集まれば、それだけ AdSense の広告をクリックしてもらえる可能性が高くなるだろう。そして AdSense によるクリックされれば、いち個人としてホームページ(ブログ)を書いていても、少しだけ小遣いが入ってきて嬉しい、ということになってくる。
RSS の仕組みとは、そのサイト(ページ)の要約を表すもので、具体的にはリンクである。要は、ブログのサイトが更新されたら自分に教えてくれる機能に使われるものであるが、それだけではなく、「サイト同士の連携」 にも使われる。
これは、ウィンドウズ XP を利用している人に対して説明するのはなかなか難しい。ウィンドウズな人は、今年の終わりに Windows Vista が出るまでこの機能の有用性はなかなかわからないことと思う。興味のある方は「RSS リーダー」でググってください。ちなみに Mac OS X ではブラウザ Safari に、RSS リーダーが付いている。ウィンドウズXPの人でも、ブラウザで Firefox を使っている人は、Firefox 自体が RSS リーダーとなっているので、ブログを見つけたら、アドレスバーの右のところにオレンジ色のアンテナのアイコンが現れるはずだから、それを 「ライブブックマーク」 すると RSS がどんなものか体験することができる。
ここまで来ると、「単なる日記=ブログ」 ではないことがわかってきたと思う。日記だけでは、
と、まぁ、これだけ 「ブログ」 と違ってくるのである。世の中で 「ブログ、ブログ、ブログ!」 と騒いでいるが、ブログを突き詰めて行くとうまく Google の仕組みとマッチする。あまり指摘されないことではあるが、ブログが爆発的に普及した理由の1つ(決してすべてではない)に、Google の PageRank、AdSense があると思うのだ。その証拠に、どのブログにも Ad by Gooooogle とか出てくるでしょ?ブログを理解している人ほど、トラックバックを使いこなしていると思う。
とはいいつつ結局は、自分のブログなんて好きなことを書けばいいし、トラックバックなんて理解しなくてもブログはブログなんだけれども。
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