社会福祉、障がい者について考えよう。

障がい者に対する日本とアメリカの違い ~パーキング編~

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  日本では、障がい者用のパーキングの許可申請は手続きが煩雑である。そもそも身体障がい者1、2級に認定されないとこの権利=駐車禁止除外指定車の証明書はもらえない。障がい者を理解するのに国や法律は関係ないといってもやはり社会の制度的な問題は切っても切れない関係にあるので、こういった仕組みは一般の方でも理解して欲しいところだ。

  知的障がいの場合の身体障がい者1、2級との対応基準は、 IQ が 35 以下であるかどうかとなる。この IQ というのは評価テストを受けて結果が出されるわけだが、専門家の判定とはいえ、個人的にはかなり恣意的な要素が入る余地があるのではと思う(IQ 36 と判定されれば事務処理上は IQ 35 とすることが可能だろう…かなり日本的なシステムではある)。

  一方、アメリカでは(自閉症の場合は、自閉症の)障がい者であることの医師の診断書があれば役所(DMV=Department of Motor Vehicle;アメリカの陸運局のこと)で即時取得可能。日本のように IQ 云々は要らない。申請料はカリフォルニア州の場合は無料。

  障がい者用のパーキングにクルマを停めるときは写真のようなプラカード (Placard) をフロントガラスのバックミラーのところにぶら下げる。これがないまま店の前にクルマを停めていたりするとすぐに店員が注意しに来る。放っておくとたぶん警察に通報されてちょっと停めただけでもかなり高い罰金を払わされる。

  そういえばこの間、このプラカードを失くしてしまった。前に申請したときにもらった発行書を役所に持っていったら即時発行してくれた。アメリカは日本人には想像をはるかに絶するくらい役所の仕事が遅いが、こういうところはフレキシブルに対応するなと感心する。

  日本の場合は、駐車禁止除外指定車の証明書はクルマのナンバーにリンクしているから、基本的に1台しか乗れないことになると思う(今はよくわからない)。一方でアメリカのプラカードのシステムは、カードをバックミラーにぶら下げるので、(本当はいけないのだろうが)どのクルマでも対応できて、これがなかなか便利な仕組みである。

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人生でいちばんつらかったこと、悲しかったと、悔しかったこと。

  私の子どもは双子で2人とも自閉症だ。今回は私の人生の中で一番つらく、そして残念だったことを書きたい。

  それは皮肉にもアメリカの紀伊国屋書店の中で起こった。

  それまではアメリカの障がい者に対する考えた、取り組み、福祉サービスに触れて、非常に幸せだった。

  ・・・が・・・ある日、紀伊国屋書店に子どもを連れて行ったときに、子どもが奇声をあげて店内でうるさくしていた。しかしアメリカの生活に慣れてしまった私は、少しくらい子どもが店の中で騒いだくらいでは少し注意するだけで放っておいた。アメリカでは許容範囲内のうるささだと思ったからだ。

  通常ならアメリカ人であればうちの子の様子をみればすぐに「この子はちょっとヘンだな、なんかあるだろう、自閉症かな」と、想像してくれるから、どの店にいってうちの子が騒いでも周囲が非常に理解を示してくれて、むしろ善意で話しかけてくれるくらいである。

  で、私が注意しても(そもそも言葉が通じないため注意されてることがわからない)、奇声は続き、男性の客が私に近寄ってきて「静かにさせろ!」と言ってきた。

  まぁ私もそんなクレームはしょっちゅうなので「あーすみません」といって、子どもには「静かにしなさい」と、注意はした。

  それでも子どもが奇声を発していたら、その男性が「うるさい!」といってなんとうちの子の頭を叩いてきた。

  これには驚いた、、自閉症などとは関係なく、どんなことがあっても人の子どもの頭を叩くこと自体、私には信じられないことだ。親からしてみれば、いきなり自分の頭を叩かれも同然だ。

  私も怒りが抑えられず、その男性を殴りかかりたい気持ちになったが、、後先のことを考えてぐっとこらえた。私が20代前半だったら確実にその男と取っ組み合いになっていただろう(苦笑)

  で、無言でじっと睨み返したら、その男性は「わかった、わかった」と謝ってきた。

   その後紀伊国屋書店の店員を呼んでその男性の前で、「うちの子は自閉症です。店内で騒ぐことがあるかもしれませんが、許していただけますか?」とお願いしたところ、店員も引きながらも「かまいません…」と答えてくれた。

  この出来事が何を意味しているかというと、結局、私が住んでいる地域で唯一1店しかない日本の紀伊国屋の中は、実は日本だったということ。客もほとんど日本人しかいないし、当然といえば当然なのだが。

  おそらくこれが日本の状況だと思う。

  完全に静かにしなければいけない美術館や図書館ではそもそも私も子どもをそんなところに連れて行かないが、日本でもレストランや普通のお店くらいは、少しくらい騒ぐことは許していただきたいものだ。

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映画 『バベル (BABEL)』 (2006)

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「重い。」この映画を観た後に誰もが持つ感想だろう。確かに重い映画だった。しかし私の場合はむしろ、普段からいつも自分の脳ミソで考えている要素がすべてこの映画の中に入っていて、かなり驚いた。このブログのカテゴリでいうと、IT、国際、医療と福祉、TOEIC (そもそも異国間のコミュニケーションに英語が必要だから英語を修得が有効である)と符合する。やはり世界には同じことを考えている人がいるものだ。頭の中で何を考えているかなんてすべてを相手に伝えるのは難しい。しかしこんな風に映画にできてしまうなんてこの映画を作った監督はタダものではないなと思う。

映画『BABEL』は相当な前提知識を要求される。ゆえにこれほどまでに観る者を選別する映画も珍しい。その割り切り度合いといったらハンパではない。ブラッドピットが出演していなかったら興行的にはまったく成功しなかったであろう。そして彼のカッコよさだけを目当てに映画館に足を運んだ人はガッカリしたに違いない(テイストは彼の出演した作品からいえば Seven Years in Tibet みたいなもんだ。彼は今回のこの映画で着実にキャリアを積んだ)。観る人によって面白い、つまらないといった評価はまっぷたつに割れるだろう。

この映画に含まれる要素というか、私が注目したい飲みながら語れるテーマとしては次のようなものがある。

(日本セクション)

 

  • 東京の摩天楼と格差社会(ローカル・グローバル)
  • 聴覚障がい者
  • ケータイTV 電話
  • 女子高生、ドラッグ
  • 日本の性風俗

 

(メキシコセクション)

 

  • メキシコ人のベビーシッター(家政婦)
  • サンディエゴ→ティファナへ抜ける国境と、
  • ティファナ→サンディエゴに戻るときの車上の入国審査

 

(モロッコ・アフリカセクション)

 

  • 土ぼこり
  • イスラム教、ひつじ
  • 協力しないツアー観光者
  • 協力する現地人
  • 近代医療のない生活
  • 金銭授受
  •  

(アメリカセクション)

 

     

  • 移民
  • 先進医療
  • 軍備
  • テロリスト

 

私の日常の生活の中ではこの映画の映像が頭を交錯する。だから普段から私の頭の中はこんな映像でいっぱいになっている。

たとえば私はモロッコにはいったことはないが、エジプトの田舎の観光地とトルコの洞窟生活の村にはいったことがある。なので映画の中で描かれている土ぼこりをはじめとしたモロッコの舞台はだいたい想像がつく。トルコでは路上で倒れた奥さんをまったく見ず知らずの現地の人に助けてもらった経験もある。お礼でお金を差し出したが受け取ってもらえなかったあたりもこの映画で描かれている。

アメリカからメキシコへの越境、そして帰還は人生の中でも忘れられない。メキシコティファナへ出るのはこの映画のように超簡単である。しかし一歩踏み出すとそこは老後のリゾート地サンディエゴとまるで違う世界が広がっている。映画ではよく描かれている。そして帰還するときの入国審査。審査官の発するあの独特の威圧的オーラは、接したことがある人ならビビらずにはいられないだろう。そのときの焦燥感も映画ではよく描かれていると思う。

渡米する直前まで、仕事のプロジェクトで私自身は実は聴覚障がい者のためにモバイルインスタントメッセージのシステムを開発するつもりでシステムの提案をしていた。このプロジェクトはすでに一段落しており、初めから終わりまでプロジェクトのメンバーには仕事中は障がい者のためのシステムなんだということは一切話さなかったけれども。当然 FOMA の TV 電話は手話でのコミュニケーションに使えると想定していた。聴覚障がいを持つ人にとってケータイは生活必需品なんだということをこの映画でも示唆している(当然、日本がハイテク国家であることも)。

私が籍を置く会社の本社ビルは、東京の臨海副都心に近いところにある。高層ビルなので夜残業したり、夜食を買いに途中階にあるコンビニに買い物に行くと、レインボーブリッジをはじめ、東京の摩天楼が一望できた。そのときにふとエジプトトルコ(そしてインド)を思い出していた。映画の中でも東京の夜景が映し出された直後モロッコに飛ぶ。実に対照的である。

このように、いままでの経験とこの映画の映像はかなり部分でオーバーラップした。この映画には基本的に終わりがない。いや、あるではないか、と反論する方もいるだろう。確かに終わりらしいもの、そして事実として現実の世の中にあるものといえば米国は国家としてあらゆる手段を使って自国民を助けるということだろう。しかしこれは映画の結末ではなく、単に事実を描写したに過ぎない。この映画の舞台でいえば、モロッコ、日本、アメリカ、メキシコを例にとって描いた世界の現実への答えは、いまなお私の中で答えはでてこない。

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さて、以下、「難問解いて年越すぞっ! 【BABEL】」(https://diary.jp.aol.com/zkwaf94g7krk/940.html)にあった素朴な疑問に答えてみる。

  • 日本に住んでる人がモロッコで猟?

    →私も不思議でしたが私の知らないような金持ちの設定なのでそんなもんかなと。金持ちの趣味だと思えば何でもアリでしょう。
  • 猟銃の国外持ち出し

    →現地で調達したか、仕事で貿易やってればできるかも。
  • 普通の奥さんだったら手に入るシロモンじゃない

    →こじつけですが、貿易関係で銃が手に入る環境にいたのでは。お金さえだせば日本でも拳銃は手に入ると思う。
  • 不法で働いてる人が絶対あんな気軽に国境を越えたりしないよね?

    →気軽に越えられます。出るときはスタンプ押さないから何の審査もないです。
  • 出るのは楽でも入るの大変

    →そう、入るのが大変です。だからあのドライバーのおっちゃんとナニーはあせってた。私があそこにいったときは夕方だったけど、あそこ(カリフォルニアとメキシコの間)の入国ゲートはクルマで 3時間待ちだった。

ちなみに、DVD からわかる Chieko (Rinko Kikuchi) から刑事への手紙はこんな感じ?

…母…

…の中で

…なことに

…でした。

…け入れてほしかった。

…しなければ自分の

…しまいそうだったからです。

…でも人は何かでつながって…

いるんだなと知りました。それが

…わからないけど

…(是)非(←?)見つけなくちゃいけない…

それが母からのメッセージで、私は

…母から愛されていたのかもし…

それは刑事さんに手をのばして分…

ありがとう
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セックスボランティア

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  この本を読んだことがない方は、「仮にあなたが明日交通事故に遭って手足が一生不自由になった。その状況下での自分の性の欲求、パートナーと触れ合いたいという極々自然で今まで当たり前だった欲求がかなえられなくなる。」そんなことをまずは想像してみたらよいと思う。

  現実の世界ではこの状況は誰にでも起こり得る。確率からいったら少ないだろうが。

  そのようなことを真剣に考えさせられるこの本のテーマは良いし、著者の自分の足で得た個々の取材、日本国内だけでなくオランダにまで取材に行ったその心意気、その記録自体はたいへん価値のあることと思う。

  しかし著者自身が迷い悩みながら自分なりの結論や意見を持たないまま話が進んでいくため、読んでいる方も不安だ。「一線を越えられない」筆者を擁護(正当化しようと)する「あとがき」にも冷めた。

  本の出だしの酸素ボンベを外して風俗のとか、それはそれでインパクトのある話だが、筆者の煮え切らない主観が入るくらいなら、それならば数々の取材をまとめてケーススタディの本にした方がよかったのではと思えてくる。せめて現状に対する事実としての問題点は提示すべきであった。

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ディズニーランドでのボランティア(KIDS プロジェクト)

  あまり知られていないと思うが、障がい児をサポートするというボランティアが年に 1度だけディズニーランドで行われている。KIDS というボランティア団体(NPO)が主催で、KIDS プロジェクトという名前が付いている。

  KIDS プロジェクト、つまりディズニーランドでのボランティアは、毎年 6月の上旬の金曜日に開催されていて、参加するには丸 1日会社の休みを取り、さらに交通費や入園料まで自腹を切らなければいけない。つまりボランティアするのに自分の方から金がかかる。が、なかなか面白い企画で、私は日本にいるときは毎年のように参加していた。

  ある年、都内に住むあやちゃん(6歳)をサポートした。彼女は目が見えないのである。園内は広いので、当然彼女には介助が必要である。

  まず最初にファーストフードのレストランに行った。こちらが食べ物を買って、食べるのを手伝うのだが、あやちゃんにとっては何を食べさせられるのか、何を飲ませられるのかわからない。だからこちらがすべて言葉で説明する。あやちゃんはハンバーガーを手探りで食べる。

  食事後、ボランティアが左の手をつないで歩いていた。右側は白杖(白い杖)を持っている。そのため、人ごみの中だと右肩が人とぶつかる可能性がある。

  軽いスロープがあった。階段もある。

  どこかアトラクションに行こうと歩き出した。この間、あやちゃんはボランティアに「今何が起こっているか全部(言葉で)話して」という。

  あやちゃんのリクエストでシンデレラミステリーツアーに行く。このアトラクションは 20分程度、乗り物には乗らずに階段をあがったりする場面がある。ツアーなので乗り物系よりも楽しめるのかも知れない。

  さて、ここまででわかったことは、本人は事前にどんなことをするのかされるのか知らされるのがよいということだ。私も IT エンジニアの端くれ、このとき IT を使ってあやちゃんをサポートできないのか考えてみた。以下はそのストーリーである。青字の部分が、IT がサポートできそうなシナリオである。

  まず最初にファーストフードのレストランに行った。こちらが食べ物を買って、食べるのを手伝うのだが、あやちゃんにとっては何を食べさせられるのか、何を飲ませられるのかわからない。すべて言葉で説明する。あやちゃんはハンバーガーを手探りで食べる。

  →周囲のものを判断して(あやちゃんに逐一)知らせて

   くれる。

  食事後、ボランティアが左の手をつないで歩いていた。右側は白杖(白い杖)を持っている。そのため、人ごみの中だと右肩が人とぶつかる可能性がある。

  →接近する人やモノ、状況(=コンテクスト)を感知して

   知らせてくれる(園内と白杖にセンサをつけたら

   よい)。つまりセンサ同士が反応する。

  →それが他人なのか、知人なのかも判断する。

  軽いスロープがあった。階段もある。

  →歩いている道がどんなものなのか、その先に

   何があるのかを知らせる。

  どこかアトラクションに行こうと歩き出した。この間、あやちゃんはボランティアに「今何が起こっているか全部(言葉で)話して」という。

  →今起こっている状況をポイントをピックアップして

   逐一説明する。

  すべての IT 技術者にこのようなシナリオを知って欲しい。IT 技術者、特に研究開発に従事している人であれば、自分の取り組んでいる技術がどんなことに使えるのかユースケースやシナリオを考えることは必須であろう。そのときに、障がい者の目線に立って考えてみて欲しい。きっとヒントがあるはずだから。そしてそれはきっと、技術者にとっても障がい者にとっても、Win-Win なシナリオなのだ。

  あやちゃんのことは実際問題、他人事だろうか?たまたま彼女は生まれつき目が見えなかったが、目が見えなくなることは、(今は目が見える)私たちにも将来起こり得ることなのだ。ひょっとすると自分ではなく身近にいる家族がある日突然交通事故に遭って体が不自由になる可能性だってある。それは先天的、後天的な差でしかない。そう考えると、上で示したシナリオを実現していくのは、すべての IT 技術者の義務じゃないかとさえ思う。

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インテルのボランティア

アメリカのシリコンバレー/ベイエリア地域の小学校。うちのこどもが実際に通っているその地域の小学校の先生と毎日やり取りしている連絡帳に、ある日 「今日はとってもお利口さんでした」 と書かれていた。

Your son had a really good day. It was a special day. We had volunteers from Intel all day. Your son participated in all activities with out any problems.

実はうちの子はスペシャルニーズのクラス(日本でいう個別支援クラス/養護学級)に通っているのだが、このクラスに地元企業であるインテルからボランティアが来て、こどもたちと 1日過ごしたんだそうだ。うちの子としても多くの人と接することはよいことだし、そしてボランティアの方も多くのいろいろな子ども接することによって社会的な相互理解が生まれてくると思う。

企業から学校にボランティアが派遣されるのはアメリカでは普通に行われているとのことである。親としても地道にこういった活動をしている企業には好感が持てる。日本の企業はどうだろうか。

P.S.

日本のインテルでも、同じような活動が行われているようだ。

企業&TVACの社会貢献活動日誌(10/7)

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障がい児 (1999/11/02)

  みなさんは、もし自分の子どもが知的な障がいを負っているとしたら、何を考えるだろうか。

  わたしなりの答えをする前に、我が家の子どもたちのことを話そう。
わたしは、気づいていた。子どもたちの成長が遅いことを。それは、32 週で帝王切開によって産まれた直後、医者からわたしだけ呼ばれてこう言われたのが頭にあったからかも知れない。

 「肺ができていなかったため、保育器の中で人工呼吸器をつけています。こうやって産まれた子は知能の発達が遅れることがあります、まぁ、多くは小学生になるころには追いつくんですが、そうでない場合もあるかも知れません」

  彼らが生まれた時、このように言われたときはあまり気にしなかったが、頭の隅にはいつもこのことばがあったように思う。成長するにつれ次第に他の子との発達の差が目立つようになった。子どもたちが 1 歳半を過ぎた頃から、医者のことばをよく思い出すようになった。

  2 歳の誕生日を迎えたとき、例えば子どもたちは、産まれてからずっと人見知りをまったくしなかった。どんな相手にも笑顔でこたえる。バイバイもできない。わたしはいいとしても、妻が子どもたちを呼んでも振り向かない。目線が合わない、合わそうとすると顔をそらす。自分でできることがあまりにも少ない。ことばがでない。体はどんどん大きくなっても、心はずっと赤ちゃんのままのようにみえる。とにかくマイペース。

  田舎のおじいちゃん、おばあちゃんからは、

 「まだまだ、3 歳になってみないとわからないよ」 そして、医者や市の療育センターも「3 歳まで様子を見ましょう。」

 (そしてこれらの言葉は、決して信用してはならないもだと最初から確信していたが) やはりわたしは彼らの父親だ。彼らの行動は一見すると普通に見えるが少し変だ、というのは親だからこそわかることだ。

  そしてこの時期、これはまったく親のエゴかも知れないが、わたしの希望で子どもたちの MRI で脳 (の断面図) を撮ってもらうことにした。これを撮るために、効かないので許容量一杯まで睡眠薬を飲ませたときは心が痛んだ。結果は、1 人は生まれたときに脳に酸素が行かず、脳細胞が少し死んでいるとのこと。そしてもう 1 人は、これとは別の観点で脳の発達の遅れがみられる、とのことだった。そしてこのとき医者は

 「親は、子どもにいろいろなことを試してみるが、ほとんどは親の自己満足に終わってしまうので、あきらめた方がいい。」

  このままどうなってしまうのだろう?と悩んだ。彼らは社会的にも、障がい者とも認められず、中途半端な状態におかれたままなのだろうか?しかしながら、何もせずにはいられなかった。

  まず、子育ての方針を変えた。 「 3 歳までは専業主婦として育児に専念する」 と妻と話し合っていたが、子どもたちに刺激を与えるために、すぐに保育園を探した。これは紆余曲折の末、無事入園することができた。ちなみに、この保育園では、障がい児の保育を真剣に考えてくれるようになった。園長や保母たちにはとても感謝している。

  次に、地域の「訓練会サークル」にも週 1 度参加するようにした。さらに、知り会いの紹介で、大学の心理学研究室にも通うようにした。これと同時に、障がい児のことについていろいろと調べていくうちに、聞きなれないキーワードが飛びこんでくる。 「療育」 「通園」…

  IQ を測ったり、精神科医が診断して彼らが障がい児として認定されると、療育手帳なるものがもらえ、いろいろなサービスが受けられるようになるらしい。また、療育センターに通うことを通園と言うらしい。

  そこで、市に無理を言って (しかも、申請してから診断まですごく待って)、2 歳 4 ヶ月くらいで子どもたちの状態を診断してもらった。その結果、2人とも認定されたのはちょっと複雑な気持ちだったが、経済的、制度的な面で心の余裕ができ、早めに診断してもらって良かったと思っている。

  環境面でたくさんの変化が起きた。子どもたちも 3歳半を過ぎ、以前よりも行動が落ち着いてきたようだ (ことばがでないのは相変わらずだが)。毎日、いやがる彼らを抑えつけて顔をわたしに向けるようにしていたら、最近では目線も合うようになってきた。

  ここで実際に子どもたちを訓練会や保育園に連れて動き回っているのはわたしの妻。わたしは毎日会社に行ってしまうので朝晩と週末に自分の子ども以外に接することは少ないが、妻はそうはいかない。保育園、同じマンションの子ども…わたしよりも多くの、同い年くらいの子どもに接している。わたしは、自分の子どもと同い歳くらいの他の家の子どもが 「パパ-」 と呼んでいるのを聞くと、依然ブルーな気持ちになるが、その頻度は少ない。それに比べ、妻はどうだろう。ただでさえ双子なのに、どのお母さんよりもがんばっていると思う。妻のことは尊敬している。

  最初は、「なぜうちの子が…」 という気持ちだった。子育ての方針を変え、いろいろと診察してもらったり、わたしたちなりに勉強して、子どもの状態を理解して受け入れる決心がつくまでちょうど 1 年以上はかかった。それが、今である。

  ここで、最初の質問にわたしから答えたいと思う。わたしは、幸せには 「相対的に幸せを感じること」 と 「絶対的に幸せを感じること」 の 2 種類があると考えるようになった。例えば前者は、自分の生活レベルと他人の生活レベルを比較することでどちらが幸せなのか判断することである。相対的なモノの尺度で測った幸せは、本当の幸せと言えるのだろうか?

  わたしたちの世界のほとんどは、相対的な幸せに価値をおいているように思う。それは、資本主義と言う競争社会の中では、仕方のないことかも知れない。しかしながらわたしと妻は、子どもたちからすでにある 1 つの結論を得ている。それは、絶対的な尺度で幸せを感じていこう。決して、他人の子どもと比較しない。わたしたちには、自分たちが見つける喜びがそこにあるはずだからだ。

  その一方で、子どもたちの将来も考えている。 「順番から言うとわたしたちが先に死ぬ、この子たちが大きくなったときに住みよい社会を作っておく。」 これは生涯のわたしの目標となった。

◆ ◇ ◆

※本稿は、以下の本に執筆したものです。

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オリエント工業

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  ラブドールとはいわゆる 「ダッチワイフ」 のことであるが、これを作ってるのがオリエント工業という会社である。

  https://www.orient-doll.com/

  その昔、タモリ倶楽部かトゥナイトでこの会社が作っているラブドールを 「本物の人間の肌の感触そっくり」 と紹介していたので、そのときに知ってそのままになっていたが、最近この会社の HP にたどりついた。全体的にラブドールは小倉優子似であるような気がするが、それは置いておいてw、写真で見る限りは随分気合いの入ったラブドールと言えるだろう。価格も、一体数十万円と、これを趣味で買うには随分勇気のいる挑戦的なプライシングだ(だからレンタルとかあるらしい。 3 ヶ月くらい前?に、このレンタルの人形を盗んだという事件を asahi.com で見た気がする)。

  さて、この HP には 「オリエント工業の歴史」 というページがある。普通の企業の HP であれば、こんなタイトルのページは調べものでもない限り決してみないものだが、逆にこのオリエント工業の会社の性格からいって、なぜに自社の歴史まで用意されているのか、興味が沸き見てみると、驚くべき事実が書いてあった。

以下、https://www.orient-doll.com/news/25thevent/history.htm

より無断転載

●オリエント工業と土屋日出夫氏

 オリエント工業創設者の土屋日出夫氏は1944年生まれの60歳。

 若き日の土屋氏は横浜から上京し、知人の経営するアダルトショップの手伝いをし、やがて独立して自らアダルトショップを経営する。

 そこで、当時のラブドール(ダッチワイフ)ユーザーの多くが、脚などに障害を持っていたり、奥さんに先立たれて充実した性生活を送れない人たちであることを初めて知る。

 そのことに衝撃を覚えた土屋氏は、そんな人たちの心の悩みを解決できたならと意を決し、1979年、東京・上野に特殊ボディー専門メーカーとしてオリエント工業を設立した。

 当時のラブドールのほとんどは、空気を入れて膨らます稚拙なビニール人形のため、空気が漏れたり破裂することが後を絶たなかった。

 その度にユーザーは新品を買う必要が生じていた。土屋氏はそんな不具合を改良し、ビニールとは違う弾力のあるラブドールを開発・製造するに至った。

 その結果、ユーザーからは驚くほどの反響を得たが、より女性の肉感に近くするなどの改善を加えていき、オリエント工業は、他のメーカーの追随を許さない日本一のドールーメーカーに成長した。

 それは土屋氏の柔軟な発想と、新しい技術を積極的に取り入れては失敗と成功を繰り返す試行錯誤の連続から、必然的に生まれた結果かもしれない。

 その消えることのない情熱は「ユーザーのため」という初心を常に持ち続けた頑固さがあったからだ。それを裏付けるかのように、設立当初から現在に至るまで、オリエント工業製のラブドールには、身体障害者割引が設定されている。

 完結することを知らずに進化するオリエント工業製のラブドール。その新作を待ち侘びるユーザーは増加の一途を止まない。

  そういうことなのだ。アダルトの分野ではあるが、この会社の社長、彼にはビジョンがあったのだ。実は、最初は心の中でバカにしていた。一般的には、ダッチワイフを使うなんて、モテないヤツか、変態か、みたいに思うのが妥当なセンだろう。ところが、この会社のいきさつを知って考えが改まった。むしろ社長の考え方に尊敬の念すら覚える。もちろん、ここに書かれているいきさつは美談もしくは後付けである可能性もある。しかしやはり、仕事に情熱や将来像が描けなければ、写真で見る限り素晴らしいと思えるラブドールは作れないと思うのだ。こんな人形を作れるのは世界中探しても日本人くらいなものだと思うが、何らかのバックグラウンド、ビジョンがないと、確実に 「革新 (innovation)」または 「進化 (evolution)」 をもたらすことはないと思う。

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  さて、なぜこのページにたどりついたかタネを明かそう。うちの子どもたちにも必ず思春期はやってくる。知能が低いから、他人にあまり興味を示さない(?いや、ひとりはかなり社交的ではある)といって、異性にも興味示さないとは限らない。では他の家庭の場合はどうしていたかというと、昔は(今も?)去勢するケースもあった(ある)ようだ。あと数年で思春期を迎える。そしてあと 10 年程度で成人になる。私にとっては避けて通れない、今から考えておかなければならない問題なのだ(渡米後の出版だから私は知らないし読んだことはない が、 「セックスボランティア」 河合香織著 (2004/06/20) というも、話題になったのだろうか? 「セックスボランティア」 でググってみよう)。

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アクセシビリティ

とほほの WWW 入門より

https://www.tohoho-web.com/html/img.htm

画像を表示できないブラウザや、文字は音声に変換して読めても画像を見ることのできない人のために、<img> タグには alt 属性を極力指定するようにしましょう。(HTML4.01 では、alt 属性が必須と定義されています。)

今まで alt タグなんて、画像が(通信がたまたまコケて)表示されなかったときのフォローくらいにしか考えていなかった自分がいる。このように説明してくれた人は、今までいなかった。

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社会保険のこと

「社会保険のこと」

https://www.geocities.co.jp/WallStreet/1356/kuru/socialinsurance.html

は、目から鱗だった。

肝は以下の部分。

「国家保険制度が(母集合の減少により)破綻をきたす現在、汎国家的(規模を持つ)保険制度への移行の圧力が生じる。それを受け持つのは、トランスナショナルとしての、多国籍企業である。国家を越える規模の保険は、加入者総数=母集合の大きさで優り、資本の大きさ、統計的安定性でも優位に立つ(リスク回避性の優位)。」

身近な例では、我々の子どもの頃には、TV の CM に「アメリカンファミリー」とか「GE エジソン」とかが出てくることは、なかった。もはやわれわれは飛行機で国境を越え、グローバル化が進み、インターネットの世の中になって、技術的な制約から解き放たれた。その結果、人、金、モノ、情報は世界を移動する。移動とは集中しているところから分散できることを意味する。大事なのはリスクも移動するということである。

つまり国家で支えきれないリスク(この場合は社会保険)は、地球レベルで規模を追究した多国籍の保険会社が受け持てるということである。つまり、日本は社会保障制度を完成させたが、完成させたと同時にグローバル化で時代背景、前提条件、取り巻く環境が変わってしまったため、その保障制度は時代に照らし合わせるといびつなものになってしまっているのかも知れない。

マーケティングの教科書では、企業を取り巻くものとして外部環境(外部要因)と内部環境(内部要因)の変化を観察する。これを日本の社会保険に照らし合わせれば、外部環境の変化はグローバル化、インターネットの登場 (IT革命) だし、内部要因は少子高齢化だといえるだろう。

 社会保険(健康保険など)においては、保険料は負担能力に応じて、給付は必要性に応じて行われる。民間保険は、次のような理由から、これができない。

  1. 逆選択の存在

    加入者に対して一律の保険金を課するならば、高リスク者と低リスク者の間で不平等が起こる。同じだけ掛けても、高リスク者はたくさん得るからだ。よって、高リスク者の加入増加、低リスク者の脱退→保険料の上昇→脱退に正のフィードバック→保険制度崩壊。

    社会保険は高リスク者の救済を目的とするため、逆選択を排除する強制加入を行う。国民皆保険制の理由である。

  2. 不確実性の大きさと質

     確率計算が困難であり私企業としては手を付け難い分野だが、しかし福祉制度として必要な諸リスクをカバーしなければならない。

  3. 再分配機能

     民間保険は、予想損失額にリスク発生確率を乗じたものを保険金として定める。つまりリスクと保険金の間には比例関係がある。

     危険分散機能だけではなく、所得分配機能を持つべき社会保険は、高リスク者を低い負担で救済するために、このリスクと保険金の間の比例関係を断ち切る。

 国家保険制度が (母集合の減少により) 破綻をきたす現在、汎国家的 (規模を持つ) 保険制度への移行の圧力が生じる。それを受け持つのは、トランスナショナルとしての、多国籍企業である。国家を越える規模の保険は、加入者総数=母集合の大きさで優り、資本の大きさ、統計的安定性でも優位に立つ (リスク回避性の優位)。もうひとつ、上に述べたように、所得に応じた累進的掛金に対して、保険金支払は反比例する。つまり国家保険制度下では、「少なく支払うものが多く受け取る」。もし可能であれば、中・高所得者が公的保険制度から離脱しようと言うのは「経済合理的」判断である。我々は「貧しいものと同じ保険に入るのは嫌なのだ」。それに対して、企業が提供する商品としての保険は、掛金/保険率について、(保険を購入し得るものだけが加入者=受取権利者であるのだから) まだしも有利である。「競走」 状態になれば、国家保険制度は、私企業が提供するサービスに負けてしまうだろう。国家は「社会的サービスの圧倒的提供者」では、少なくとも「適切なサービスの提供者」ではもはやないのかもしれない。

 たとえば外国人登録する外国人は、日本在住の間、「国民健康保険」 に加入しなければならない (「国民」皆保険制))。しかしあまり大きな声ではいえないが、これを回避することができる。彼らは日本国家が高い保険料と引き替えに提供する国民保険 (National Insurance) をキャンセルし、イギリスやアメリカの保険会社がより安い保険料で提供する国際保険 (International Insurance) を選択している。そういう人がこっそり増えている。

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