卵はひとつの籠に盛るな-資産三分法

「卵はひとつの籠に盛るな」

という教えが昔からある。これは、ひとつのかごに卵を一緒にしてコケたら、すべての卵がつぶれて台無しになるから、いくつかのかごに分けて保存せよ、ということである。

  資産管理についても同じことがいえる。経済学部の学生であれば、資産三分法というものを真っ先に習うだろう。これは、まとまった資産があったら、「卵はひとつの籠に盛るな」の格言よろしく、土地、株、預金にそれぞれ 1/3 くらいずつ分けて投資をしなさい、ということである。

  自分の財産として現金だけ持っていてもそこからは何も生まれないし、かといってすべて土地だけで持っておくのもよくない。世の中には資産として持っておける対象として、現金、預金、株、国債、投資信託、マンションや家などの不動産、土地などいろいろあるのだから、それぞれにバランスよく配分せよ、ということである。

  経済学では、「今すぐにお金(現金)がほしい」といった場合、換金性が高いこと、つまり「すぐに現金化できるもの」を、流動性が高いという。そうすると、当然のことながら世の中でもっとも流動性の高いものは現金である。現金と比較して、持っている株を売って手元に現金が届くまでには数日かかる。土地の場合は、買い手がすぐに見つかるかはわからないから、手続きも含めて現金化するのは株よりももっと時間がかかる。株や土地は流動性が(現金と比べて)低いといえる。

  われわれの身近にありそうな投資対象の中で、流動性が高い順に並べると次のようになるだろう。

  1. 現金
  2. 小切手(日本ではあまり一般的ではないが、米国などでは日常生活の中で普通に使われる)
  3. 普通預金
  4. 定期預金
  5. 国債・金の延べ棒
  6. 株・投資信託
  7. 土地・不動産

  さて、上の中で最もリスクの低い資産、つまり持っていて損をする可能性が低い資産は現金といえるが、先に述べた通り現金は持っていても何も生み出さない。現金同様に損をするリスクはほとんどない定期預金にすればいくばかの利息が付くが換金性は現金より薄れる(定期預金だって、預け先の銀行が突然つぶれるリスクは、なきにしもあらずだから、リスクゼロとは言えない)。一方で株や土地は値上がり利益(これをキャピタルゲインという)が期待できる一方で、値下がりする可能性もあるから、損失する可能性、すなわちリスクは高い。

  つまり自分のリスク許容範囲の中で、バランスよく投資すること(資産配分をすること)が重要なのだ。「そんなこといったって株なんかの投資には興味ない。リスクのある金融商品は怖い」という考えもあるかもしれない。しかし、1990年にノーベル経済学賞を受賞したマコーウィッツ・ミラー・シャープによる MPT(モダンポートフォリオセオリー/現代証券投資理論)、そしてその理論に含まれる EMT (効率的市場仮説)では、効率的フロンティアとよばれる、資産管理においてはノーリスク(現金・預金)の資産とリスク資産(株・土地など)のバランスをとった均衡点が存在することを、数学的に証明していることも知っておくべきだろう。

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割れ窓理論 (Broken Windows Theory)

  最初にいっておくと、これは窓割れ理論ではありません。割れ窓理論です(すみません私、ずっと頭の中に窓割れ理論としてインプットしていました。どうりでググって Wikipedia で出て来なかったはずだ)。

  割れ窓理論とは、「ビルのたった1枚の割れた窓を放置しておくだけで、管理人のいないと思われたそのビルは荒らされ、ビルが荒れると周辺の治安も悪くなり、ひいては街全体の治安も悪くなるから、些細なことだけれども、まずはその1枚の割れた窓を直してみよう」というもので、ニューヨークの前市長であるジュリアーニがこの理論を応用して治安が良くなったとのことで一躍有名になった。その割れ窓理論のカラクリは、ヤバい経済学という本に簡潔に書かれているから引用してみよう。

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  軽い迷惑程度のことでも放っておくとそのうちそれが大きな迷惑に発展する。誰かが窓を割って、それがすぐに直されないのを見ると、その人は他の窓を割ったって大丈夫だろうと思い、そのうちビルに火までつけるかもしれない(ヤバい経済学 p.160)。

 「ニューヨーク (NY) は怖い街」から「治安の良い街」に変貌を遂げたというのは、私も実際に体験した。というのは、私の初めての海外旅行が 1990年のニューヨークだったのだ。このとき、一歩路地に入ると麻薬はどうかと話しかけられる。一人で表通りを歩いていても「ヘイ!そこの NYU!!!(若者はみな New York University の学生なのだろう)」と声をかけられ、本当に怖かった。そして 10年後、2000年に再び NY に今度は会社のお金で 2週間ばかり語学留学に行ったときには、街はきれいになり、あの有名だった地下鉄の落書きは消え、これが同じ NY なのかと思ったものだ。夕方授業が終ると NY 近くのフィラデルフィア (Philadelphia) とかアトランティック・シティ (Atlantic City) に遠距離バスで行って深夜帰って来るという危ないことをしたのだが、やはりアメリカなので怖かったものの、それでも東京の危ないところよりも治安はよいのではないか?と感じたものだった。

  NY の治安が良くなったのは、前ジュリアーニ市長のおかげかと思っていたら、ヤバい経済学のレビィッツによれば、これは割れ窓理論のおかけでもジュリアーニのおかけでもなく、前ジュリアーニ市長のその前の市長であるディンキンスが警官を増やしたからだ、と主張している。 前出の Wikipedia でもはてなでも、NY の治安回復はこの割れ窓理論が功を奏したのかどうかは議論の余地がある、としている。

  NY 市での「成功」にしても、景気回復とそれによる失業率の改善と時期的に重なっているため、この理論に基づいた政策による成果なのかどうかは(理論そのものに)議論の余地がある、としている。

  NY の例は議論の余地があるとしても、東京ディズニーランド(TDL)は割れ窓理論を実践しているのではないかと思うところがある。東京ディズニーランドでは、まずゴミ箱が至る所に配置され、ゴミを落としたら目立つように地面の色が塗装されているそうだ。さらに、ゴミの清掃員でなくてもキャストもゴミを見つけたらすぐに拾うようにしているのだそうだけれど、確かにあの空間でゴミをポイ捨てする気にはなれない。

  TDL の場合は、政府や地方自治体が管理するような公共の場、たとえば公園ではなく、一企業の私的な所有地であるため、ここでも割れ窓理論が適用され得るのか議論の余地が実はある。それでは少し考え方を犯罪というマイナスの行動から親切というプラスの行動に変えた場合に、心温まる CM のように、周囲から親切ばかりされている状況はどうだろうか。おそらく自分も親切せずにいられなくなる、ということはいえると思う。

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人に「これから悪いことが起こる」と言われたら?

  例えば引っ越しを考えていて、風水などで「時期が悪い」「方角が悪い」と見たり聞いたりしたケースを考えてみよう。

  その引っ越し先の家賃や物件の価格があまりにも理不尽な場合はウラに何かあると思って考えなければならないが、行動経済学の観点からはそれはまったくもって関係がない。

  もし風水を無視して引っ越して、その後悪い予言が的中してしまった場合は、何か悪いことが起きたときに「やっぱりあのとき言うことを聞いておけばよかった」とそのせいにすることができる。逆に、最初が悪い場合は(行動経済学ではそれを参照点という)、より悪くなるよりも、より良くなる方の確率が高いといえる。ある時点の状態より良くなるか悪くなるかというのは、1/2 の確率で起こるからである。良いは悪いの反対語で、そして悪いは良いの反対語である。良いか悪いかという状態は 2つに 1つだからである。

  最初が(たとえば最高に)良いと、そこから先は落ちるしかないだろう。最高に良い状態をキープするのは難しいからである。

  人をコントロールしようと思ったら簡単だ。人を恐怖に落とし入れる理由を与えればいい。政治家がこの手法を使う。身近なところでも、占い師とか TV のコメンテータ(株式市場に対するコメントとか)とかによく見られる。どっちみち、良いか悪いかの 1/2 なので、当たる確率も 1/2、予想が当たれば「ほらみたことか」、はずれれば、何らかの理由をつけてくるはず。しかし、どっちみち当たってるかはずれてるかわかるのは予想したときよりも後(未来のことを予想するのが予言)だから、もし結果が明らかになったところで予言者にクレームをつけたとしても、「それより…」と、次の違う予想を言って過去を顧みないのが彼らの常套手段であろう。

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  このあたりは、「行動経済学(人間の心理にも基づく予想)」「ヤバい経済学(不動産屋がどんな言葉を使ってだますか)」あたりに詳しい。

  繰り返しになるが、自分がとことん悪い状況に置かれたときは、それ以上悪くはならない。もし悪くなったら、それより前は実は最高に悪い状態ではなかった、ということである。その場合、次回は物事が良くなる確率の方が上がるのだから、実は良いケースなのである(あくまで良いか悪いかはそのときの相対的な価値観だから)。 参照点が相対的に「悪い」ゾーンに入っているときは、「良い」ゾーンの方に空きが多いのだ。

  冒頭の引っ越しのケースは、要は自分自身が「客観的にみてリーズナブルだ」と思うところに住めば良いのだと思う。

  もともと、その「方角や時期が悪い」という情報の提供元は、間違っていたときにその後の面倒をすべて見てくれるのだろうか?ほとんどのケースはそんな気もないのに、他人の人生における意思決定にずいぶん無責任なことをいうと思う。(娯楽としての占い師を見るなら話は別だが)恐怖は金になるのだ。

  かといって、私も責任持てるかというと、もしそのまま決めてしまって悪いことが起きたときに責任は持てない。しかし、上に述べたことは、悪いことが起こったときに対処できる、心理的に十分合理的な理由を挙げているはずだ。

  人は誰でも大きな決断をするときには背中を押してくれる理由が欲しいのだ、と行動経済学はそう述べている。最後に決めるのは自分である。何事も自己責任(そのための情報収集はすべき)であり、あとは自分次第なのだ。

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チャンスは2度訪れる。

With Love and Respect」 では、子ども利担任の先生がサマースクールの間、アフリカへエイズの孤児を助けに行くという手紙をもらった、という話をした。その手紙への返事を書いたので、ここに載せておこう。

July 19th, 2006

Dear Ms. Sxxxxx,

  I read your letter and I am really happy to know your decision. I would like to encourage you to help the children in Africa. I think that you should always keep your own belief and it would be very important to realize the one.

  Recently I am considering that a valuable opportunity visits to us twice in each occasion. The first one would be given to us by chance; however, the second is consequently created by our own. You are so lucky that you are now reaching the first one. During or after your work with the children in Africa, I wish you could get the second chance followed by this opportunity, which makes ALL the kids happy. I believe your efforts will bring thousands sunlight and smiles because my son Txxxx has already proved them.

  I would like to hear your story in fall after your work in Africa if you have a time. Please be sure to take care of yourself during the work. I am looking forward to seeing you soon.

Thank you for teaching my son all this time,

(Signature)

yas

なんだか先生に対して説教じみた内容になっているのだが、、、言いたかったことは我々の周りでそれぞれの出来事においてチャンスは2度訪れるということ。

1度目のチャンスは、それは向こうから偶然自分の方へやって来るものだと思う。もしチャンスが来たらラッキーだ。

1度目のチャンスをうまくつかんだら、この最初のチャンスをうまく活かして 2度目のチャンスは自分で作る。作れるといってもいい。2度目のチャンスは自分でコントロールできるのだ。だからコントロールするのだ。

自分のやりたいことを成功させるためには1度目のチャンスを活かして 2度目のチャンスに持っていく。1度目のチャンスが偶然だったのかどうかは自分次第とも言える。簡単な例だと、たとえば宝くじに当たったとして、その幸運は偶然のものである。そして大金で事業を始めた、ということは2度目のチャンスだ。1度目がなければ 2度目はなかった。だけれども2度目は自分で切り開いていくものなのだ。

自分の今のポジションからいっても、大きな流れで見れば 1度目のチャンスはうまく夢が適ってアメリカに来て仕事ができたことかも知れない。しかし2度目のチャンスがあるとすればそれは仕事の質や内容を高めてまた自分に新たな1度目のチャンスを呼び起こすことだと思う。

この 2回で 1セットというチャンスのリズムを繰り返しうまく作れれば誰でも成功に近づけるのではないだろうかと思う。しかしすぐに気づくように、人生においてはそのリズムを作るのが難しいものなのだ。

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With Love and Respect

突然、子どもが通う小学校の担任から次のような手紙が来た。

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July 17th,2006

Dear Parents/Guardians,

    In my desire to work with disadvantaged children an opportunity has come up that I cannot pass. I am leaving for Africa to work with children that have been left orphaned due to the AIDS virus.I will return in the fall but will be gone the remainder of the summer. I have left the kids in the wonderful hands of my staff and Mr.Sxxx who will provide them with everything that I would if I were still here. They are all aware of my expectations and desires for each of your children and will continue with all the guidelines that I have provided.

(中略)

    I hope you understand that helping ALL kids is my passion and even though it breaks my heart to leave the rest of the summer I could not pass up this wonderful opportunity to work with kids in such an extreme situation.

With Love and Respect,

(Signature)

Ms. Sxxxx

手紙の内容によると、この担任の先生はサマースクールの間、アフリカへエイズの孤児を助けに行くという。

とても強い意志と志がないとここまでできない(日本の学校の先生で、そういう人が身近にいたかどうか考えてみるとよいと思う。もちろん、いないことはないとは思うが・・・)。

うちの子が学校でどのように過ごしているか、その様子を何回も見たことはないが、前に見たときは先生の言うことをきちんと守って、とても楽しそうにしていた。彼女には父兄面談のときに少しだけしか会ったことはないのだが、笑顔を絶やさず、そして子どもに対して愛情に満ちた先生だということはこちらにも伝わってきた。親としてはこの先生なら大丈夫だ、と思っていた。彼が先生といられて幸せそうにしていた理由がわかった気がする。

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